Fラン学生に単位をあげるために苦労する教員

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大学の成績評価に講義の出席点?

高校生までは授業中に寝ていたり、何もしなくても先生が最終的にはどうにかこうにか卒業まではさせてくれたのでしょう。その意識のままにFラン大学に入学してしまった底辺学生は、大学の講義にさえでていればなんとかなると考えてしまうようです。

それもしょうがないのです。講義の中には、勉強というよりも将来を考えるための講座といったものも存在します。まじめに受ければそれでもそれなりに有効ですが、 かれらはそういう講義を当たり前だと考えてしまうようです。そういう講義は優劣を付けづらく、結局はどれだけ出席したかによって評価しなければならない状態です。例えば将来の夢や就職のイメージで小論文を書かせても、半分くらいの学生はまともな文章が書けません。ひらがなの多用も多く、非常に幼稚な表現しかつかいません。まともな文章はもちろんウェブからの引用(パクリともいう)です。まともな評価が不可能な上に、各教員の本当の専門を教える講義ではないため、どれだけ出席したかで成績は決められているのが現状です。

教養の科目こそFラン学生には最難関

多くの大学で「キャリア・なんとか」とついている講義は評価にしにくいです。一般教養やビジネスマナー、将来を考える講義となっていることが多いでしょう。出席していると有利になるのは、どうしても教養系の講義に集中するので、どうしても大学1年生の時には、出席していれば単位が取れるのだ、と思い込んでしまいます。

大学1年生は高校4年生だという言い方がありますが、Fラン大学では下手をすると最後までそのままで高校生7年生の様な学生もいます。高校までにまともに勉強してきていないのですから、本来であれば高校時代に身に着けた基礎を元に勉強する数学や英語などの教養系の講義では、半分くらいの大学生が単位を落としかねず、3年生、4年生への進級さえ危なくなる可能性があるので、出席点でなんとかごまかしてしまえということです。

ある英語を教えている教員は、「彼らはTOEICで0点を取る可能性がある。」と真顔で言っていました。オイオイ…。TOEICは選択問題なので、適当にマークしても何%かは正当するはずで、0点を取るのは難しいはずなのですが…。

数学系の科目は鬼門

私が教えている教科は中学から高校の初期までの数学の知識を使用します。
彼らが一方的に悪いわけではないのですが、勉強をする素質を持たない学生が普通に存在するFラン学生は自分が勉強できないのを理解できているのかできていないのか…。
あまり厳しくすると露骨には言われないまでも「何とか単位をあげられないか?」という無言のプレッシャーが事務方や専任教員から加わります。
「なんとかしてくれや!」とわけのわからんプレッシャーをかけてくる教員もいますが、分数も計算できない学生にどうすりゃいいんだよ!というのが非常勤の教員の本音です。

数学に弱いFラン学生に顕著なのが平方根(ルート)の計算です。なぜか平方根の計算がほぼできません。なぜでしょうか?なぜなのかよくわかりませんが、ルートの計算式がでてくると途端に正解率がさがるのです。
一端覚えてしまえば何でもない計算のように思えるのですがとても不思議です。

Fラン大学の学生は勉強をしないのではない、勉強ができないのだ

大学生が分数ができないだの割引が計算できないなどいいますが、本質は「大学生が」ではありません。大学生は勉強してなるものだという前提があるのでセンセーショナルにとりあげられるのですが、要は分数が計算できない学生が「大学」に入学することができ、「大学生」を名乗れてしまうからです。
つまりFラン大学に入学する学生やAO入試などで入学する学生は勉強をしないのでなく、元々その素養が無い学生が入学していることが多いのです。

大学の入学のルートは内部昇格、AO入試、推薦入試などと多岐にわたります。
中学、高校とまともに勉強をしてこなかった学生は、素行も悪く推薦できるような突出した経歴も持っているわけはありません。
文科省は手を変え品を変え、大学生に勉強させようと工夫をこらして大学に要求をしますが、Fラン学生には効果ある方法などありません。
加えて極力留年させるな退学させるなと言ってきます。
勉強する気が無い学生をそうすればやる気にさせることができるのか方法論は一切伝えずに無理難題だけを押し付けてきます。

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