敵をつくらないことが自分を助けることもある

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元Google出身としてブランディングをしていた某氏は大炎上していますが、根本的に経歴が怪しくても儲かっていれば逃げ切れる可能性がありました。怪しいとは多くの識者は感じていたと思いますが、実体を虚像と一致することさえできれば、何とかごまかすことはできたでしょう。または、始めたばかりのときだから多めにみてよという謝罪の仕方もできるでしょう。
今回の件は明らかに実体と見せかけの成功がかけ離れていたため、常識的な人間からは拒否反応が強くでてしまったようです。
それにしても経歴から何から盛りすぎていたので、実体に追いつく前にさらに盛り盛りのウソを次々と繰り出す可能性もあり、最終的に破滅に向かっていくしかなかったかもしれません。
ほどほどのところで信者を獲得し、情報弱者をだまして努力さえすればなんとかなる、努力を続けた人間だけが成功するのだ、と能力の低い人間を洗脳し、わずかのお金をだまし取り続ければ、さらに成功したでしょう。

気になるのは今成功している人間を非難して自分を高める手法を用いていることです。自分の位置を高くみせるのに、わかりやすい位置にいる人、モノよりも自分や自分の製品が優れているという比較は非常にわかりやすく感情にうったえることができます。
ただし、これは諸刃の剣で、論旨展開が簡単なのですが下に貶められる方はいい気分はしません。お金持ちだというブランディングで確かにYouTubeなどでも登録者数はかなりの人数である。ビジネスパートナーになるとか競合だったりすればちょっと調べてみようかと思いますが、まったく違うカテゴリーであれば「怪しそうだけどまあいいか。」と考えてしまうものです。

バカにされたり老害などと非難されればもちろんチャンスがあれば仕返ししてやろうと思うわけです。
インフルエンサーや実力者を攻撃すればフォロワーは「スゲー!」となりますしフォロワーはさらにその人を信奉するようになりますが、フォロワーの中にどれだけの実力者がいるかが重要です。
フォロワーという名の情弱が大量にいても、影響が大きい実力者が離れてしまえばカリスマ性は無くなります。信者のフォロワーはますます熱狂的になるかもしれませんが、もともとは能力も低く、お金もそれほど持っているわけではありません。貧者の集団から慕われても大きなビジネスにはつなげることはできないでしょう。

社内ニートになるのにも必要なことなのですが、「敵をつくらない」のがとても大事だということです。ブランディングとして自分を大きく見せるために対抗者を貶し、実情よりも不当に低く評価し、私の方がすごいのだ、は順調にいけばいいのですが一度つまづくと大けがにつながってしまいます。
実際に仕事を大してしないので、もちろん中には軽蔑に近いまなざしを向けてくる人たちもいますが、嫌われない技術というのもこの社会を生きていくのに必要なことだと思います。

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